九州大学健康科学センター 山本和彦 |
1991年、慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome−CFS)という耳慣れない 病気がアメリカで広く流行し、日本でも数十人の患者の存在することが報道されました。罹病すると仕事はおろか日常生活もままならなくなる原因不明の奇病と して、大きな関心を集めました。原因不明の奇病として登場した後天性免疫不全症候群(Acquired Immune Deficiency Syndrome−AIDS) のイメ−ジがCFSとダブり、新しい難治性疾患が次々に現れるという恐怖感を 人々に与えました。ここではCFSの概要を把握するため、CFSに関して今までに明らかとなったことを述べます。
1980年代後半CFSが俄然注目されるようになったきっかけは、アメリカ・ネバダ州タホ湖(サンフラン シスコから東へ約2百マイル)北岸の小さい町で起こった奇病騒動です。1984年秋、この町に流行した風邪症候群は難治性でした。微熱と強い倦怠感、脱力 感、頭痛、筋痛、不眠を長期間訴える患者が続出しました。数カ月間でこの町の住民2万人のうち、約2百人の成人男女がこの病気に罹病しました。患者の血中 のEpstein-Barr(EB)ウイルス抗体価が上昇していたため、伝染性単核球症(EBウイルスよる風邪症候群)の慢性化したもの(慢性EBウイルス症候群)と診断されました。しかし、小児期や思春期に好発する伝染性単核球 症は成人には希な病気です。このためアトランタのCDC(Centers for Disease Control in Atlanta−AIDSを 初めて報告したことで有名)が調査に乗り出しました。CDCはこの病気のEBウイルス説に疑問を投げかけ、病因は不明のままでした。このケ−スが報告されて以 来、同様の症例が各地から報告されるようになりました。地域的に流行し、脱力や傾眠傾向(うとうと眠ること)、リンパ節腫脹が犬などのペットにも出現した ため、正体不明の病原体による新しい疾患ではないかと疑われました。AIDSに 次ぐ奇病として報道され、騒ぎが大きくなりました。従来から、風邪に伴う倦怠感を長期間訴える若者の多いことが知られていました。過労によるヒポコンドリ −(病気を持っていると盲信し、体の不調を訴えること)とされ、ヤッピ−フル−(20−30歳代の専門職につく大都市生活者の流感)と蔑称されていまし た。
自覚症状以外にこのような病気を診断する根拠がないため、医師や患 者の間で混乱が生じました。1988年、CDCは慢性EBウイルス症候群、慢性単核球症、ウイルス後疲労症候群などの症候群を一本化して慢性 疲労症候群と命名し、暫定的な診断基準(表1)を作成しました。
CFSは、 流行性と散発性の2種類があります。
流行性CFS
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成人男女いずれも流行性CFSに罹病します。比較的若い成人女性に好発し、女性では症状の重い傾向があります。 小児や50歳以上のCFSは希です。医師や看護婦など病院のスタッフの間で流 行することがありますが、不思議なことに寝たきりの入院患者は罹病しません。流行中のコミュニティから近隣のコミュニティへCFSが波及することは、ほとんどありません。広がる経路は不明ですが、ヒト同士が近接 することが伝播するのに必要です(直接触れ合う必要はありません)。発生に季節の偏りはありません。
風邪(頭痛、発熱、咽頭痛、関節痛など)は通常安静加療により1週 間程で治癒します。CFSではこれらの症状が長期間持続したり再発を繰り返し たりします。体を動かすと激しい疲労、脱力感、頭痛に襲われ、しばらく動けない状態になります。手足が死んだようだと患者は訴えます。筋肉がつったりピク ピク痙攣し、筋痛があります。不眠や睡眠障害(昼間寝て夜間寝ない状態)が出現し、集中力や記憶力、思考力が低下して精神が不安定になります。羞明(まぶ しくて見えにくい状態)や複視(物が二重に見える状態)、低体温や低血糖が出ることがあります。欝状態に陥り、疲労感と脱力感で寝たきりの状態になること がありますが、この場合でも食欲や性欲は比較的良く保たれ、体重減少はほとんどありません。学校に通えず、仕事をすることが出来なくなります。病院で検査 を受けても、結果は器質的障害を否定するものばかりです。このため、CFS患 者は、急性ウイルス感染症の回復期におけるヒステリ−、ヒポコンドリ−、ノイロ−ゼ等と診断されました。流行性CFS患者はCDCの 診断基準に合致するケ−スが多く、1988年以降診断が容易になりました。
散発性CFS
散発性CFSも 若い成人女性に好発します。発病時期は流行性程明確ではありません。なんとなく微熱や全身倦怠感、疲労感、集中力低下を自覚するようになり、数年間にわ たって症状が続きます。体重減少はほとんどありません。検査結果に異常はなく、患者はノイロ−ゼ、ヒステリ−、心身症、自律神経失調症、更年期障害などと 診断され、方々の病院を転々とします。日常生活や仕事の不調から欝状態に陥ったCFS患 者が、怠け病(仮病)と中傷されて自殺することがあります。散発性CFSはCDCの診断基準に合わないケ−スが極めて多く、このような患者がCFSか否かについて議論があります。慢性の疲労を主訴に米国のある病院を訪れた135 名の患者中、CDCの基準に合致した症例は僅か6例であったことが報告されて います(Ann Int Med 1988;109,554-556)。 この6例を6ヶ月間観察したところ、2例が身体化障害(心の傷が身体症状として現れ、長期間体の不調を訴える病気)、1例が多発性硬化症(中枢神経のミエ リン鞘が破壊される病気)、1例が欝病であることが判明しました。疲労を訴える患者の67%が種々の精神疾患を持っていました。慢性疲労を訴える外来患者 中にCDCの診断基準に合う症例が非常に少なく、精神疾患の多いことがわかり ます。CDCの診断基準を緩和することの必要性が臨床医の間で論じられていま す。
未だに病態の不明確なCFSは、種々の疾患を含んだ症候群である可能性があります。CFSを単一の病因で説明することは、困難であることが予想されます。
現在まで様々な病因論が検討されました。1984年のタホ湖畔の流 行ではEBウイルスが候補となりました。以後、ヒトヘルペスウイルス6型(突 発性発疹症を起こす)、コクサッキ−B型ウイルス(風邪や無菌性髄膜炎を起こ す)、風疹ウイルスやトキソプラズマ(鳥や動物が持つ原虫。風邪や肝炎、肺炎を起こす)が病原体であるとする説が提出されました。これらの説で、確固たる 証拠を持つものはありません。
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αインタ−フェロン(ウイルス感染細胞が分泌する抗ウイルス物質) やインタ−ロイキン-2(ヘルパ−T細胞−免疫防御で中枢的役割をはたす細胞−が分泌する物質)をヒトに投与するとCFS様の症状が出ます。Natural Killer(NK) 細胞(白血球の一種。腫瘍細胞やウイスル感染細胞を破壊する)やマクファ−ジ(異物を貪食する白血球)活性の低下、免疫グロブリン(血中のタンパク質。異 物に対する抗体)の異常、T8リンパ球(免疫反応を抑制するリンパ球)活性の 上昇などがCFS患者に見い出されています。CFS患者のリンパ球のゲノム(遺伝情報)中にHuman T-Lympho-tropic Virus II(HTLV II−HIVやATLウイスルと同じヒトレトロウイルスに属する。ヒトに毛細胞白血病−希なタイプの白 血病−を起こす)のフラグメント(gag遺伝子−HTLVのコア部分のタンパク質の情報)が見いだされました(Proc Natl Acad Sci 1991;88,2922-2926)。これらの結果は、ある種のウイルスによって生じ る免疫学的異常がCFSの発症や進展に関与する可能性を示唆しています(逆 に、免疫異常はCFSの結果かもしれません)。HIVやATLウ イルスとCFSとの関係が注目されます。流行性CFSが経口的に伝播する(と思われる)点が、血液や精液、母乳で感染するAIDSやATLと 決定的に違う所です。
一方CFSを 精神疾患の一つであるとする説も有力です。CFS患者の多くが発病以前に欝病 や恐怖症、不安病などを経験したことがあると言われます。CFS患者は欝状態 に陥りやすく、欝病患者の多くがCFS様の症状を訴えるので両者を鑑別する事 は困難です。抗欝薬の有効なCFSがあるため、CFSを欝病(精神疾患)の一つであるとする考えが精神科医の間にあります。CFSの結果欝状態が生じたのか、欝状態がCFS症状をもたらしたのか不明です。欝病患者に種々の免疫学的異常の出現することが、 問題を複雑にしています。
病因が不明ですから根本的治療法はありません。マグネシウム欠乏でCFS様症状が出るため、マグネシウム投与(筋注)が行われたことがあります。抗EBウイルス薬の投与、免疫グロブリン療法、T8リンパ球活性を抑えて免疫機能を賦活化する治療などが試みられています。漢方薬や抗AIDS薬を用いることもあります。欝状態を始めとする種々の症状に対し、対症療法が行 われます。
CFS患 者を長期間フォロ−すると、約60%が再発を繰り返しながらも徐々に軽快し、20%が症状悪化または不変、20%程度が自然治癒するようです(CFSの定義により、この率は変動します)。快復後急に動き回って再発したり、数年後に 突然再発したりします。治癒したものの、ジャガイモの皮剥きが出来なかったり、鍵穴に鍵を入れるのがうまくいかないなどの"後遺症"の残ることがありま す。流行性CFSに罹病して10年後に治癒した医師の例があります。仕事を 失ったり、家庭が崩壊したケ−スもあります。CFSが直接の死因となった例は 知られていません。
欧米では成人の20−25%が、日常生活において常に疲労を感じて いると言われています。日本ではこの率はもっと高いかもしれません。この人々が全員CFSで あるとするなら、日本だけで数千万人の患者がいることになり、CFSは医療の 問題であるだけでなく、重大な社会問題です(CDCの基準によると、大部分がCFSではありません)。単なる疲労感とCFSを明確に区別することが重要です(これが困難な場合もあります)。
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アメリカではCFS患者が2−5百万人に達し、イギリスでは約15万人の筋痛性脳脊髄炎(CFS)患者がいると言われています。大部分は散発性CFSです。CFSの 発生率は多発性硬化症と同じ(10万人中3人/年)という報告や外来患者1万人に対し140人という報告があります。CFS自体が不明瞭な病気ですから、患者数や発生率などは憶測の域を出ません。
身体活動や精神活動を長時間続けると疲労します。疲労は疾病の一症 状でもあります。疲労すると充分な筋力が出なくなり、パフォ−マンスが低下します。力を出すには中枢神経から脊髄、末梢神経、神経筋接合部、筋細胞に至る 全ての段階が正常に作動することが必要です。いずれが障害されても筋力は低下します。たとえば、神経筋接合部が傷害されると筋力低下と脱力が生じます(重 症筋無力症)。筋肉のグリコ−ゲン代謝異常があると、脱力が出ます(マッカ−ドル病)。脳梗塞で中枢神経が傷害されると、手足が麻痺します。
筋収縮に至る全ての段階に明らかな障害のない場合でも、筋力低下や 脱力感をきたすことがあります。身体の消耗や随意筋を動かす意欲の減弱(神経無力)で充分な力が出なくなり、活動前の筋力を回復するのに長い時間を要し (または回復できず)、パフォ−マンスの低下した状態が、一般に疲労といわれるものです。疲労を感ずるか否かは、種々の要素に左右されます。タイプA性格 (あまりに多くの仕事を短時間に片付けようとするエネルギッシュな人。攻撃的。些細なことでイライラし、心筋梗塞になりやすい)の人は、他の性格の人より 疲労を自覚することが少ないとされています。アンフェタミン(覚醒剤)やカフェインを摂取すると覚醒が上昇して疲労感が減弱し、パフォ−マンスが上昇しま す。覚醒が一定の水準を超えると、逆にパフォ−マンスが急激に低下します。同じ作業を繰り返して行うと覚醒が低下して早く疲労し、パフォ−マンスが低下し ます。気分(ム−ド)によっても疲労の程度が変化します。
CFSの 疲労が、中枢神経から筋細胞に至るいずれかの段階の器質的障害(現在は不明であるが、医学が進めば明らかになる)によるのか、欝状態など精神心理的要因に よるのか、両者の相互作用によるのか不明です。CFS患者は、疲労感を精神心 理的理由(気のせい)に帰する周囲の人々の冷淡な態度に長い間苦しめられてきました。このため、CFSが精神心理的疾患の一つであるいう見解に、患者は強く反発します。病態を解明して 診断法を確立し、客観的証拠を基にCFSの診断を下すことができるようにする ことが極めて重要です。
ギリシア、ロ−マ医学を集大成し、ヨ−ロッパ、イスラム世界の医学 の基礎を作ったガレン(130-210年頃)は、その著書の中でCFS様の病気を既に記載しています。
長い間忘れ去られていたこの病気は、19世紀後半、突然浮上してき ました。アメリカ南北戦争中にCFS様の疾患が観察されました。1869年若 い女性に発生した疲労感を主訴とする疾患が、神経無力症として報告されました。1902年クレッペリン(1856-1926)は、些細なことですぐ怒り、集中力や記憶力が低下し、頭痛や不眠、 手の震えなどの症状を有する神経無力症は、ヒポコンドリ−の診断名が適切であると述べました。1934年、ロサンゼルスで小児マヒ(ポリオ)が流行しまし た。数週間のうちに、感覚異常や不眠、筋痛、手足の麻痺を示すポリオ様疾患が、病院の看護婦の間に集団発生しました。死亡例はなく、全員快復しました(非 定型的ポリオ)。1947年、急性ブルセラ症(牛、豚のブルセラ菌がヒトに感染する発熱性疾患)の快復後、長期間にわたり頭痛や倦怠感、欝症状を示した症 例が慢性ブルセラ症として報告されました。1948年、アイスランドのアクレイリ−(人口6887人)で疲労、脱力、筋痛、記憶力低下を訴える465名も の患者が発生しました(アイスランド病またはアクレイリ−病)。1955年、ロンドンのロイヤルフリ−病院の医師や看護婦の間で筋痛、脱力、咽頭痛などの 症状を持つ病気が大流行し、流行性神経筋無力症と診断されました(ロイヤルフリ−病)。この時は病院が一時閉鎖されました。1970年ロイヤルフリ−病は 純粋な集団ヒステリ−であるとする見解が出されました。世界各地で同様の疾患が次々と発生し、種々の診断名で呼ばれました(良性筋痛性脳症、筋痛性脳脊髄 炎、ウイルス後症候群、慢性単核球症など)。1980年頃から散発例の報告が多くなりました。日本では1985年NK細胞活性低下症候群として初めてCFSが報告されました。
AIDSの イメージと重なることで1980年代後半に彗星のごとく登場したCFSは、実 は長い長い歴史を持つ症候群です。ナイチンゲ−ルやダ−ウィンもこの病気で苦しんだと言われます。病態の不明なCFSは、疾患単位として充分に確立していません。他の疾患を除外後、自覚症状に基づい て診断される症候群であるため、種々の誤解や混乱が生じています。早急な病態の解明が望まれます。
CDC 診断基準(Ann Int Med 1988; 108 : 387-389)
CFS患 者は主基準1、2を満たし、更に副基準を満たさねばならない。副基準は11の症状と3つの徴候からなる。患者は、症状の6つ以上と徴候の2つ以上を有する か、症状の8つ以上を有する。
主基準
(1) 同様の症状を今まで経験したことのない人に、持続性または再発性の強い疲労感や易疲労感が新たに出現し、休養で回復せず、日常活動が健康 な時の50%以下に低下し、この状態が6ヶ月以上続く。
(2) 同様の症状を示す他の疾患が、病歴に基づく判断、診察、適切な検査で除外される。
副基準
症状−次の症状は、強い疲労感が出現した時かその後に始まり、少な くとも6ヶ月以上続くか、再発を繰り返す。
(1) 微熱−患者が測定する場合は37.5-38.6 C−または悪寒、 (2) 咽頭痛、 (3) 頸部または腋窩の疼痛性リンパ節、 (4) 原因不明の全身の筋力低下、(5) 筋痛、(6) 健康な時と同程度の運動をした後、24時間以上続く全身疲労感、(7) 頭全体 の頭痛、(8) 腫脹や発赤を伴わない移動性関節痛、(9) 精神神経症状(羞明、一過性暗点、健忘、混迷、焦燥、集中力低下、思考力低下、欝状態)、 (10) 睡眠障害(過眠、不眠)、(11) 数時間から数日間で症状が進行したという患者の証言(これは症状ではないが、診断に必要な上記の症状に準ず る)
徴候−少なくとも1ヶ月以上の間隔で2回医師から確認されねばなら ない。
(1) 微熱−口腔温では37.6-38.6 C、直腸温では37.8-38.8 C、(2) 非浸出性咽頭炎、(3) 触知しうる頸部または腋窩の疼痛性リンパ節
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